2009年3月5日木曜日

目に見えない建築のためにせっせと石を運ぶ

と言ったのは、『星の王子様』の作者のサンテグジュペリだそうです。彼は言葉をかえて、「ある祝祭の準備」とも言ったそうです。メコノプシスがいろいろなことを行う上で大事にしているのは、この「目に見えない建築のためにせっせと石を運ぶ」ことであり、それはまさに「ある祝祭の準備」のためでありたいと思っています。

2009年1月15日木曜日

大事なのは

シゴトをしているように見えることではなく、シゴトをすることだと思うのです。メコノプシスにとってシゴトとは何か。近代の一般的なシゴトは、量で測られてきました。一時間で何枚皿を洗えるか、どれだけの機械を組み立てられるか、どれだけの情報を処理できるかナドナド。メコノプシスで大事にしているのは、量ではなく質。それゆえに、時々ソトからはもどかしく感じられたりするようです。しかしそのような心配や不安に対しては、それを上回る質をもって応えることがメコノプシスが目指しているところのように思います。いづれは質と量。両方伴えば文句無しなのですが、まずは質から。それがメコノのオシゴト?


sir.g

2008年12月22日月曜日

節目として

 昨夜、わが桃山城 メコノプシスにて
21日 日曜日 冬至祭を行いました。

 素晴らしい瞬間、場に関わった方々、
引き寄せられてきた方々、、
そして、斬新無二の花いけを披露した 
華道家 上野 雄次
SP盤を使ってかなりの音を出してた
bean/トシオカジワラ 
映像の 仁君

また、ご好意で踊ってくれた babyQのようこちゃん&KENKEN

本当に、お疲れ様でした。
ここまで来て本当に良かったなと元気を
頂きました。

事が勃発して、はや半年
振り返る間もなく、ただ気配だけを感じ、信じて
やっと微々たるカタチと化しはじめた様に思います。

ここまでの過程を全部公開しつつとも思っていたのですが、(会議、やりとり、クラッシュ、争い、、、、、などなど)
しかし、
”創る”事の最中ということは、後ろを日々振り返ることも惜しく、
私はここブログにも登場できませんでした 笑
映画も好きですが、現実はやっぱりもっと面白いなあ

カタチと化しつつある場、
そして
予想していた今の世の経済状況、社会問題、時代、、、

弓術で

的が向こうからやってくる

とは、このことか?
ゲッベルス


CK

2008年11月9日日曜日

何をもってして成功とするか

というと、この試みでは、経済的な成功が第一でないのは明らかです。それでは何か?というと、正確なところは模索中、というか常に探求中。でも、今現在はっきりと言えるのは、やり方、進め方、決め方、関わり方等々のプロセスを大事にして、自分達が納得できるものに至りたいと思っているということ。そして、このプロジェクトに関係する人たちが、全開で自分らしい時間を生きられるようになること。目的地は分からずとも、それに至る作法は大事にして、自らを見失うようなことがないように心がけ進むことができたならば、ひとまず成功?

sir.g

2008年9月16日火曜日

リニアとノンリニア

リニアは線形、ノンリニアは非線形。通常、人はAがBになってCに至りDになるというように、順序だてて矛盾が無いように、思考するように訓練付けられています。でもこれは、(近代という)時代や地域、家庭、学校でこのような手順で考えるように訓練されたからで、本来は、AがFになってZもあるんだけどBになってHにかわってKになるというように考えたりします。神話や、昔話、中世までの詩や散文、子供の話が、こんな展開になっているのは、リニアに思考する訓練を受ける前の、自由で野生のままの思考(志向)連想手順によっているからです。余談ですが、モーツァルトの手紙などは、容赦ないノンリニア展開全開で、痛快極まりない無謀な野性味を余すことなく感じることができます。彼の時代はすでに、リニアに振舞うことが要求されていた時代でしたから、そうすることができなかった不適合さを察するとあまりにも気の毒に思います。同じような傾向は、サドの手紙からも感じることができます。両人とも、要するに去勢されることがなかった人ということでしょうか。
現代の社会では、当然のことながらノンリニアにしゃべると、何をしゃべっているか分からないと眉をひそめられ、親からはちゃんと話しなさいと注意され、学校の作文では、何度も何度もきっちりとしたリニアな文章になるまで添削され続けることになり、すっかりノンリニアな野生で力強い思考プロセスは去勢されてしまいます。
リニアは時に便利な方法ですが、味気や色気のないものでもあります。このプロジェクトでは、意思決定や、運営をすすめる上で、可能な限りノンリニアなプロセスを大事にしたいと思っています。無味乾燥で、事務的なリニアよりも、血湧き肉踊る、一見無軌道に見えて、大きな理にかなっているノンリニアの復権に挑戦です!

sir.g

2008年9月15日月曜日

フロンティア

地球の裏の、どんな地の果てでも、お金に糸目さえつけなければ、今、思い立ってから、数日以内に行くことができます。南極を横断中に猛吹雪に巻き込まれ、落命寸前の時でも衛星電話で、東京の居酒屋で飲み会をしている友人と電話で話すことができます。探検の時代は19世紀ぐらいで終わってしまいました。19世紀ぐらいまで、地球にはまだ、誰も行ったことの無い場所があり、どんな人や、植物や、動物や、文化があるのか分からず、余白がありました。今、その余白はことごとく塗りつぶされ、世界中の秘境や、聖域ですらも、ディズニーランドの一部のようになりつつあります。
フロンティアは、もう宇宙空間以外に、残されていないのでしょうか?
もちろんそんなことはなく、さまざまな先人の冒険者たちが、果敢にも挑戦し続けている一番身近なフロンティアは、自分のウチにあります。そこはいまだに広大で、無限な未知のワイルドランドです。

地球が丸いことに確信が持てないまま船を進めた先人のように、不確かな未知のフロンティアに臆することなく分け入ってみたいものです。”闇の奥”に何があろうとも!
 

sir.g

2008年9月13日土曜日

Less is more !

"Less is more"
"Doing maximum with minimum"
"Less but better"

”必然”のあるもののみで、空間を在らせたいと思うのです。足し算より引き算。引くことによって増していく。無尽蔵に。枯れることの無い泉のごとく。そのためにも、もっと必然を見極めなければ。

sir.g